認知症の方の思い

④ 目を開けて、もっと私を見て

投稿日:2020年1月23日 更新日:

この詩は、イギリス・ヨークシャーのアシュルディー病院の老人病棟で一人の老婦人が亡くなり、彼女の持ち物を調べていた看護師さんが見つけたものです。

彼女は重い認知症でした。
『目を開けて、もっと私を見て』

何が見えるの、看護婦さん。あなたには何が見えるの。

あなたが私を見る時、こう思っているのでしょう。
気難しいおばあさん、利口じゃないし、日常生活もおぼつかなく
目をうつろにさまよわせて、食べものをぽろぽろこぼし、返事もしない。

あなたが大声で「お願いだからやってみて」と言っても、
あなたのしていることに気づかないようで、
いつもいつも靴下や靴をなくしてばかりいる。

面白いのか、面白くないのか、あなたの言うなりになっている。
長い一日を埋めるためにお風呂を使ったり、食事をしたり、
これが、あなたが考えていること。あなたが見ている事ではありませんか。

でも目を開けてごらんなさい。

看護婦さん、あなたは私を見ていないのですよ。

私が誰なのか教えてあげましょう。
ここにじっと座っているこの私が、あなたの命ずるままに起き上がるこの私が、
あなたの意志で食べているこの私が誰なのか。

私は10歳の子供でした。
父がいて母がいて兄弟・姉妹がいて皆お互い愛し合っていました。
16歳の少女は、足に羽をつけて、もうすぐ恋人に会えることを夢見ていました。

20歳でもう花嫁。私の心は踊っていました。守ると約束した誓いを胸に刻んで。

25歳で私は子供を産みました。その子は、私に安全で幸福な家庭を求めたの。

30歳。子供はみるみる大きくなる。永遠に続くはずの絆で母子は互いに結ばれて。

40歳。息子たちは成長し行ってしまった。

でも夫は傍にいて私が悲しまないように見守ってくれました

50歳 もう一度赤ちゃんが膝の上で遊びました。
私の愛する夫と私は再び子供に会ったのです。

暗い日々が訪れました。夫が死んだのです。

先のことを考え・・・不安で震えました。
息子達は皆自分の子供を育てている最中でしたから。
それで私は、過ごしてきた年月と愛のことを考えました。

いま、私はおばあさんになりました。
自然の女神は残酷です。
老人をまるで馬鹿のように見せるのは、自然の女神の悪い冗談。
体はぼろぼろ、優美さも気力も失せ、かつて心があったところには、
今では石ころがあるだけ。

でも この古ぼけた肉体の残骸にはまだ少女が住んでいて、
何度も何度も私の使い古しの心をふくらます。

私は、喜びを思い出し、苦しみを思い出す。

そして、人生をもう一度愛して生きなおす。

年月は、あまりにも短すぎ、あまりに速く過ぎてしまったと私は思うの。

そして、何物も永遠ではないという厳しい現実を受け入れるのです。

だから目を開けてよ、看護婦さん・・・目を開けてください。

気難しいおばあさんではなく「私」をもっと良く見て!。

パット・ムーア著 「変装 私は三年間老人だった」(1988初版)より転載

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