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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　会報誌　平成２０年　８月号掲載
第20話　帰ると言い続けるばば

最近、またばばの『家に帰る』（この場合生まれ育った家）要求が始まりました。ある日のこと朝から顔つきがいつもと違い、きつい表情でした。枕脇にある黒いバッグの中をしげしげと眺め、千円札一枚だけ入っている財布を開けてみたり、通帳などを開いては閉じ、開いては閉じと、繰り返しています。その日は夜になりいつもであれば寝巻きに着替えるところ、人の顔をじっと見ながら、『家に帰ります』と真顔で言いました。

『どちらへ？』と聞き返すと、少し迷った顔をしながら『小石川（生まれ育った東京にあるところ）』とはっきりと答えました。

手には黒いバッグをしっかりと持っています。今にも立ち上がりそうなところ、母は『ここが家です!！』と言い捨てました（苦笑）。私は隣に座って、外を指差し『もう暗いので飛行機も新幹線も走っていません。行けないですよ』すると、『バスで帰ります』とのことです。『バスも暗いので走っていません。今夜はここに泊まって明日帰りませんか？』との提案に了解していただいたのか、一応この問答は一旦収まりました。

　私は笑いが止まりません。しかし母は怒っています。少し間を置いてベッドから声がします。またそばに行くと、『家に帰ります』とベッド脇に座っています。やはり表情は硬いです。『今日は暗いので明日帰りましょう。よければ着替えてください』その夜はこれ以上の要求はありませんでした。

少しすると大きないびきをかきながらぐっすりと眠っておられました。

　翌日ベッドのそばの椅子にあの黒いバッグがばばの眼から見えないところに置いてあります。母曰く『黒いバッグを見ると帰るというので、見えないところに置いた』とのこと。確かにそれからは帰るという要求はないようですが、しかし表情は硬い日々が続いていました。

数日後、『お財布を知らない？』（きたぞーと感じました）『知らないよ。どうしたの？』するとばばはま顔で『家に帰ります』と答えました。その日は未だ日は明るく理由をどうしようかと思いましたが、『交通機関が全てストップしています。（嘘っぽいですが・・・）』言い切ってしまいました。納得したようなしないような表情をしながら、仕方なさそうにまたベッドに横たわるばばでした。

　認知症の方は、物取られ妄想やばばのように家に帰るという帰宅願望が出てきます。家族の方はその度に否定してしまいがちです。ここは俳優・女優になりきらないといけない場合でもあると思います。我が家の場合は体が不自由なため行動を起こすことはないですが、体が元気な方を介護している方は、大変苦労されると思います。

　『家に帰りたい』という時のばばは、いったいどの様な気持ちで言っているのでしょうか？一緒に居る家族は家族という関係を否定されたようで寂しいですね。でも一番寂しくて不安なのはうちのばばでしょうか・・・・？

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